旧じぇーしん日誌(~2013.10)

日本商品を中国に売り込んでます

ハッタリから詐欺師ができるまで

 

普段海外に住んでいると、ふと、日本特有の “ 変わった点 ” に気づいたりします。

 

先日の東京出張で改めて思ったのが、日本のテレビ番組の 「全部おんなじ感」 。

旬のニュースが飛び込んでくると、民放はどこもかしこも同じ切り口で同じ放送をひたすらダラダラと放送してますよね。中国人留学生が、「日本のテレビはチャンネル数は少ないのに、全部同じものを放送してますネ!」と不思議がっていたのがよくわかります。民放なんて4つか5つくらいでしょう、それが全部同じ時間に同じ内容を放送しているのをみると、一種の恐怖感すら覚えます。あ、今回の主題はこっちじゃないのでこのへんにします。

 

で、今回の出張中、テレビでもう最高のネタ素材として重点放送されていたのが、iPS細胞の臨床応用で話題を振りまく 森口尚史氏の1件。日本の全国民が、彼の苦しい言い訳の一挙手一投足にツッコミを入れ続けていますね。たしかに、見ているだけでおもしろい。次はなにをぶち込むんだとワクワクしてしまう気持ちはわかりますけど。

f:id:kane201:20121021165755j:plain みんなで糾弾(参照1)

 

こういう ウソがウソを呼んで身動き取れなくなっちゃう人 っているよなぁ、と思っていたら、ネットでも今ちょっとした糾弾を受けている人がいました。

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読売新聞の記事を盗用したかどうかの話で多方面よりツッコミを受けているジャーナリストの上杉隆氏。池田信夫氏の精緻な検証・追求(参照2)やその後の上杉氏の弁解がまた騒動を大きくしているようですね。事実関係をそこまで確認してるわけではありませんが、おおよその流れをみるにつけ、「あぁこの人もか・・」という感じがしてなりません。引き続き動向が気になりますね。

 

さて、上海にいる自分も、似たような事件に遭遇したことがいくつかあります。

 

つい先日は、知り合いが働く語学スクールの日本人社長が、経営が苦しくなり給料日直前に音信不通になりました。前日までの景気のいい話はどこへやら。関係者が怒って日本人社長の家に突入しても、のらりくらりと言い訳を続ける彼の弁明に皆が途方にくれ、今は日本にいる彼の親族などに金銭手配を図っているようです。当の本人はイマイチ責任の重さを実感しておらず、夜は相変わらずキャバクラに行ったりと普段通りの生活をしているようです。なんでしょうねこの緊張感のなさは。

 

また、関係ない会社の事業計画を別の会社に壮大に語り、中国事業スタートの頭金だけもらって綺麗にトンズラをかました日本人詐欺師もいました。その人はA社にB社の事業計画を語り、B社にA社の事業計画を語り、両者から総取りという古典的な手法で見事に大金をせしめたようです。スゴイですね、よほどの話術だったのでしょうね。そんな彼は今も上海のどこかでで堂々と夜の街を闊歩しているというから大物です、ぜひ一度教えを請いたいとすら思います。

 

そんなことをいいつつ、当社も偉そうなことは言えません。かつて当社に在籍していた日本人は、要職にも関わらず社内案件や諸問題を自分だけで溜め込み、周囲から追求をうけると急に連絡が途絶えて、いつの間にかまったく同じ会社を上海に作っているということがありました。その後の退職手続き等も一切ナシ。途中案件も多々あった中で、その後1~2ヶ月くらいはクライアントへのお詫び行脚を続けたことがあります。まったくお恥ずかしい話です。

 

こうした 「ウソで身を固める人達」 の共通点を考えてみると、

・ ウソをつくことの気遅れ感が長い年月を経て麻痺してしまっている

・ 自分の できること と できないこと が本気でわかってない

・ 見通しが異常に甘い

・ 事態が悪化してからの責任を他者に転換するのが得意

・ 良くも悪くも切り替えが早い

・ 周辺の人が一番不幸になる

というような傾向が挙げられます。私なんかも誤解してましたが、いわゆる “詐欺師” と言われるような人たちの多くは、はじめから人を騙す気はないんですね。単純な善意、というか過剰なポジティブ思想が根っこにあるように感じます。その後、上手くいかなくなったときに他者に責任をごく自然に押し付け、「この経験をもとに次のことにチャレンジしよう!」とお花畑的なポジティブシンキングが再び発動します。もちろん周囲の人はその度に離れていきますが、また新たな人を呼び込む程度の話術を持ち合わせている、ということも彼らの特徴ですね。そうしたアップダウンな道のりを練り歩いていく中で、いつしか周囲から「アイツは詐欺師だ」という称号を自然と得られるんだろうなと感じるわけです。

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もちろん、ベンチャーなり海外ビジネスなりの現場において、 ”成り上がったるぞ!” という気概と同じくらい、相応の「ハッタリ力」は必須条件だと感じています。過去の名経営者の成功譚なんかを読んでも、「勢い任せの経営の果てに、ある時身の丈に合わない案件・トラブルに遭遇し、なんだかんだで奇跡的に乗り越え・・・」みたいなドラマティックなシーンは特に心が動かされますよね。しかし、そうした場面に当事者たる自分を重ねるのはやっぱり危険です。上記の成功者の多くは、 「普段から目の前の仕事と真摯に向き合ってきた人」 であって 「積み重ねてきた “徳” が偶然あるとき幸運を呼び込んだ」 ケースだったりすることがわかるからです。そんな奇跡はなかなか起きません、当然ですよね。

 

ここ中国でも、ウソが多い人の行く末は、自分のウソに縛られて身動きがとれなくなって姿を消してしまう(もしくは消されてしまう)のが大半です。

 

こういうグレーな人達をどう見極めていくべきか。どうなんでしょうねぇ、人を見る目って本当に難しいです。個人的には、人生が破綻しかけるほどの窮地を何度も経験している人でないと、「本当の真贋を見極める目」は持ち得ないと思っています。かくいう自分も、もちろんそんな眼力を持っているとも思っていません。むしろ、実はとっくに詐欺師の烙印を押されているかもしれませんけどね。

 

参照1)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121020-00000554-san-soci

参照2)http://blogos.com/article/48226/